形にする。

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あれは二十代の後半だった、今はファーストフードのトップメーカーになった、日本の端長崎から福岡へそして大都会の東京進出しローカルフーズの「長崎ちゃんぽん」をメージャーなフーズへと夢を語っていた会社で働いていた、

そうか「夢を形にする」それは面白い、入社試験でのこの会社で何をしたいか一枚の用紙に書いた内容は今でも「はっきりと覚えている」。

あの時、私の名刺の肩書は工程開発と印刷されていたが、どの上司もいったいぜんたい何をするのかするべきか知っても分かってもいる人はいなかった。

貴方の夢いや会社が福岡へ進出するため何か起爆材となれるような機械を作って欲しいと当時の副社長か゜夜通し熱く語りかけてくれた

それが何なのかは私に分からんが「伊吹くんに、それを創って欲しいんだ」

それがやがて自動餃子焼き機械となった。

あの当時 構想を誰に話しても、そんなもの誰がつかうのか、鍋に火をいれその後適当な温度になったら餃子を並べればいいんだ、あとは裏がきつね色かわると皿に盛りつけ、はい出来上がり、お前が思うよう焼き器なんて要らないよと云う仲間が殆んどだったが思いが形となった。 東京晴海レストランショーで自動餃子焼き器は大変な人だかりとなった、そりゃーそうだろう、今まで無かった焼き器だから。   ずいぶん経った後、副社長から「やっぱり伊吹君は東京へ行くべきだよ、東京へ」とレールを敷かれたが、 それがやがて何かに変わってきた。

 幼い時に母から自分の想いを形にするために我が家から離縁され日本の財閥となった人がいる博もそこまで成らなくていいが、自分の思いを見つけ形にして欲しい、できたらそんな大人に成ってくれれば。お父さんも夢を抱いて満州へ出ていったが戦争と抑留、後は赤思想と世間から見られたが、今でも頑張っている。 その言葉を思い出し退職をした。

会社のレールに乗っかっかって仕事をしたく無くなった男のすることは、己でレールを敷き己で機関車を走らせることしか道はのこってなかった。

その結果 失ったものも沢山あったが得たものも沢山あった。

今度は自分の為に長崎から福岡へ進出したが東京までは未だ進出できてはない。

 

伊万里大里の神社に行くと 凛として見つめている伊吹(藤山)雷太像から     

      「伊吹 博君 来るのが遅い」と叱られているようだ。

      

   ついこの前 藤山雷太の子孫と連絡が取れるようになりましたが

   まだ雷太の実子( 伊吹震 )である伊吹の姓を継いでいる子孫とは未だ連絡はとれてはいない。

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このページは、伊吹が2017年12月 3日 06:20に書いたブログ記事です。

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