2011年3月アーカイブ

今、山口にいます、

山口は故郷のひとつでもある、

普通、故郷といえば、ひとつだけかも、、

それだったら、

心がどことなく落ち着くところと言ったほうがよいのかも知れない、

ひろしが山口へ行けたら、おじいさん・おばあさんが喜ぶんだがとよく母が言っていた、

行くのが少し遅かった、

山口へ行ったときは、おばあさんの笑顔があった、

もう一寸早ければ、おじいさんにも会えたのに、

そのときの気持ちが、ずっと どこかに残っている、

だから、山口へ足が向くのかもしれない、

そう云えば、土筆があぜ道に沢山あった記憶がある、

まだあるのかな、

34年前の三月の晴れた日の記憶。

さあー 明日も仕事。

IMGP3731.JPGMRIの搬出

MRI装置のカバー等を取外すと写真のようになる、私達にとってはいつもの姿形であるが、他の人から見ればなんと異様に形に見えるとのこと、金属の塊の中へ人が入っていくことを想像すれば、  チョッとね・・・・

カバー等を取外し   さあー これから   まさに、MRI室から搬出しょうとしている光景である、

重量約6t カローラクラスで云えば4台分の重量である、  MRIの前後に二人づつ コントロールボックスを一人が操作して5名で搬出、便利になったものだ、ゆっくり ゆっくりと病院のフロアーを通って行く、 右 OK 、左 OK、と言葉を交しながら、まるで御殿様の大名行列のように、 したに したに、いやいや、 右 OK、 左 OK、 はい ストップ、 左に20cmよせて、はい上を確認して、ハイそのまま前進。 今月(三月)は20日に一台、そして 27日に一台、ケガが無いように慎重に作業を進めます、

  謹んで地震災害のお見舞いを申し上げます。

 

一日も早く おばあちゃん 、 おじいちゃん 、 おばちゃん 、 おじちゃん 、  おかあさん 、 おとうさん 、 おにいさん 、 おねえさん 、いもうと、おとうと 、に再会されることを心よりお祈りいたします。

 

旧長崎刑務所.jpg何んとも奇妙な写真である、

赤レンガ壁に以前は出入り口で有った扉が外されレンガで補修が施されて壁の一部と化した光景である、 

この壁の向こう側には人が居た、でも私達は入れなかった、入ろうと思えば入れない事はないが、それは人としてしてはいけない事をした結果、更生しなければいけない裁きを受けた人が入る施設である、旧長崎刑務所 横側扉のスナップである。

この旧長崎刑務所は東京駅を設計した人による建物でである、今すぐに設計者の名前は浮かんでないが、私にはそれ以上に大切にしたい事が゜別にある。

この壁を構成している赤レンガは、今でいう地産地消であると云う事はあまり知られていない、このような大きな建物を今ではコンクリトと鉄骨でアッと云う間に作るが、あの時代はコンクリトは非常に高コストで有ったので用いられてなかった、では何故レンガ工法が用いられたのか、まずは周辺の地質調査から始まる建築に必要な赤レンガを調達する材料の調査から始まる、何百万個、何千万個、何億万個の赤レンガの材料となる赤土が調達できる土地を探すこと、それと赤土から赤レンガを作れる工場が作れること、大切な労働力が確保できる事、それが全て調達できた結果としてこの建物が出来上がったと云う事である。

時間が無くなったので、この続きはまた別の日に書くことにする、

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