2010年12月アーカイブ

 

2010年12月31日仕事おさめ今年の集大成と言っても過言でないような状況でのMRI搬出作業であった。         

昨夜から 日本上空には寒波が押し寄せていて、激しく雪が降り注ぐ中で5分程の朝礼を終え、仮設ステージの雪かきから始まる。                      表通りの国道をチェーンを付けた車が走る、急な冷え込みのせいか救急車が頻繁に病院に走ってくる。                工具・冶具も降り注ぐ雪で凍りつくようだが作業の手を休めるわけにはいかない、病院のすぐ近くにはストアーがあり買い物客の車両をガードマンの方がテキパキと誘導している姿に頭が下がる、 今回もいろんな人にお世話になりました、病院事務長、技師長、販売会社担当者、メーカー担当者、建築業者、電気担当者、所轄警察署、クレーン業者、警備会社、 皆さんのご協力を頂き、激しく雪の舞う中での搬出作業を予定終了時間より1時間ほど早く終わるとができました。

事故もなく新しい年を迎えることが出来ます、                                 新しい年も いろんな方にお世話なる事と思います、                               社員一同 精進して 必ずご期待に添えように努めますので、                        是非 ひと声掛けて下さい。

今年1年有難うございました。    

転勤

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取引先の責任者の転勤話を聞く、

まず最初に思う事。

エー そうなんだ 転勤・・・・・・・

福岡から大阪へ 栄転 !、 良かったな。

より一層 市場の大きな処へ行かれ 実力を発揮されることだろう。

た゛が 一抹の寂しさを感じる。                                          せっかく彼の求めているものが判ってきたのに。                               

新任の方との ゼロからのスタート。                                       どのような方が来られるのか不安と期待が胸をよぎる。                                          

御活躍を九州から応援いたします。                                       

今日まで有難うございました。

上五島病院 MRI搬入据付今月の始め、上五島にてMRIを搬入する。                     施設に隣接する駐車場をお借りして25tRクレーンで吊り降ろし、正面玄関まで30m程を電動チルにて搬送、 サァー これからが第一の難関である、MRI本体寸法と正面玄関口との幅 40mm 高さ 38mm程の余裕しかなく 本体重量は約6t、 メーカーサーピスマンとの打合せを幾度か重ねての結果が発揮されるところ、事前の寸法打合せでは充分余裕があり、難なく通過する予定ではあるが、玄関口タイル一枚一枚のほんの数ミリの差が問題となって前に進まない、両側ガラス縁を見てジャッキアップを行い、3㎜のライナーを入れベースとの床のクリアランスを取り、事無きを得て牛歩のごとく前に進む、外側の自動ドアは無事クリアーする、 次は内側自動ドアだ・・・ ほんの少し左に流れながら前に進んでいる、サッシ枠との差は2・3mm程しかないが無事通過する。   皆に少し笑顔が戻ってきた、玄関ロビーを通り抜け、狭いフロアーを通るが両側壁 天井に気を配りながら作業は順調に進む・・・・

今回の作業開始時間、有川港にフェリーが就いたのは午前11時近く MRIを積んで来た車両は病院から少し離れたところに止め、ユニック車にて横持ち運搬をする、MRI本体はさすがに重くて横持ち運搬出来ず、隣接駐車場で催し物が有っているので16時にしか使えず、遅い搬入開始となる。

今回の作業も無事終わる事が出来たが、 幾つもの宿題が出てきたようです。                 今回よりも次回はスムーズに搬入作業が進むように、細部にわたる作業打合せと作業分担を決め 余裕のある仕事が出来るように心がけたい。

 

長崎市三山の教会今夜は長崎市内の教会でミサが厳かに行われている事と思います、  長崎は山に囲まれていて平地の少ないところで旧市内には寺町と言って幾つものお寺がありますが町中には教会がお寺の数と変わらないほどあり、これと違って浦上地域には殆どお寺はなく、原爆の被害を受けた浦上教会がこの地域を守るように建っています、 三山は浦上より山奥に入ったところにあり、今は長崎に入る前に必ず通らなければならない長崎バイパス沿いの山肌に建っています、この地域は切支丹弾圧の時に逃れて来た子孫の人が住みついたとも聞きます。

今年もあと少しです、まだ大仕事が2件あり、これから準備が大変です、準備と言っても 今回は天気予報を見ながらでしょうね、安来節で知られている安来へMRIを解体搬出に出張しますが、病院の位置するところは雪がよく積もる処と聞いていますので、なにせ長崎は少しの雪でも交通がマヒしていますほど雪に慣れていませんので雪対策が思いやられます。                                      29日にMRIを搬出し終えると一路長崎へ帰らなければなりません、仕事収めが待っていますので、 本来なら仕事収めと云えば、1年間の感謝を込めて車両の洗車及び事務所の大掃除ですが、今年は1年間の総決算とも云える、病院2階よりのMRI搬出作業が待っています、この仕事がなかったら 大山で年忘れスキーでもかな・・・・    今回の仕事は我社のターニングポイントに成るかも知れないチャンスですので、1年間の総決算でなく、これまでの経験を充分に活かした仕事ができればと思っています、いつも必ず成果を発揮しなければならない仕事には変わりはありませんが、今回は特に重要な仕事の一つです。

 若い時のクリスマスイブの思いで、

 そう云えば 大学の時 23日が誕生日の友達がいたな、

 今はどこにいるかは全くわからない、

 ケーキを買ってきては来るが、

 自分のためのケーキでなくはなくて、

 ついでのケーキだからつまんないと口ぐぜのように云っていた、

 今はきっと家族で祝ってくれていると思う、

   でもあの友はどこにいるのか分からない、

 むしょうに逢いたい いまどこにいるのか。

 この歳になったら きっと 誕生日なんて もう来ないほうがいいと云っているかも!!

 

 就職してからのクリスマスイブ  

 あちらこちらのパー券を義理で買い、いざ店に行ってみるとイッパイで入れない。 

 懲りもせず、それでもハシゴをして飲み周っていた!!

  家庭を持ってからは

 クリスマスケーキにローソクを立て フゥート吹き消し 笑顔を見ながら!!

  今はどうなんだろう 

 無表情でケーキを口に運んでいるので、 味わって食べたらと言われている。

 

 スナックのパー券はまだあるのかな?  あったとしても ・・・

南京ハゼのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像2010年12月19日 日曜日、         長崎市内にてX線透視台を搬入据付をする、いつものように搬入経路を樹脂べニヤて゛養生をする、 青色ベニヤが入口よりレントゲン室まで続く、私達にとっては当たり前の光景ではあるが、具合が悪くて来られる方、 病院に入院されている方へのお見舞いで尋ねられた方にとっては、正面玄関又はフロアーにヘルメットをかぶった作業服の作業員が機械を搬入している光景に出くわすと、異様な光景で、自然にフロアーの隅を歩かれている。             私たちは床養生の為に青色ベニアを中央に敷くが、レントゲン機械寸法が1200mmでフロアー幅が2000mmであれば養生ベニヤを中央に敷くと両側は400mmである、 その両側を歩かれている方が殆どである、足元に注意と書いた小さめの表示板を於いているが、良く考えてみると何と不親切な言葉に思える、                       注意しなければならないのは私達ではないだろうか、それを忘れて病院へ何かの都合で訪れた方に注意を促すとは、 何か思い違いをしているような気がする。                        

CA390311.jpg写真を整理していると 愛媛病院て゛MRIを搬出している時に撮った写真が数枚出てきた、 島原と長崎市内での仕事を終え一路九州自動車道・山陽・四国架橋を走り、ビジネスホテルにチェックインしたのが 午前三時すぎだったと思う、四時間ほどの睡眠をとり、9時に愛媛病院に入り MRIを解体搬出するが、事前打合せの手違いで搬出経路のサッシが取り外せてなく難儀したが、手分けしてやっとのこと外し、無事こ搬出する。

真っ青な空に向かってクレーンのブームが伸びMRIを軽々と吊りあげる・・・・・。

数枚の写真を手に取ってみると あの日の情景が浮かんでくる。         

今度 四国に行く時は のんびりと讃岐うどんを食べようと思うが なかなかお呼びがかからない。

現場下見 打合せでもいいから・・・・・   誰か呼んでください。

                                                       

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 初春になると誕生日がくる、私の人生は駆け足だったのかゆっくりとした歩みだったのか、この頃ふと思う時がある。                                                      生まれ故郷のことなど全く覚えていないが、赤い壁の家に住んでいたようなかすかな記憶がある、まだ残っているのか訪ねて見たい気もするが、母も父も亡くなってしまい、もう聞くことも調べることもできない、今は国交回復したから自由に行けるけが、以前は行けなかった、今もなぜか公論・思想の自由は抑圧されていると新聞に載っている。                               生まれた育った家、よちよち歩きで歩いた路 、母が川で洗濯をしていた時、幾度も幾度も川の中から母の手にまとわりつくので、引き上げて見たら、溺れかけていた私だったと聞いた、あの川べりを訪ねて見たい、母の歳を超え やがて父の歳に近くなってみると なぜか 母と父の人生の足跡を訪ねてみたい、父母 の望郷の思いを我が身で感じてみたい。                      以前 舞鶴引き揚げ祈念館を訪れた時 目が潤んで涙が止まらなかった。                                               私の歳での引き揚げ者は少ないと思う。                                   あのような事は二度とあってはならないし、                                 二度と起こしてはならない。                                                                                               

師走

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雫.jpg今年も残すところ20日です。             いろんな事がありました、            昨年末からある物流会社と契約打合せを幾度か重ねるが、なぜかいっこうに話が進展しない、どうのこうので春までのび、やっと契約を無事済ませたが、次は今までのシステム体制とかエリアーとかでビジネスはこれまた進まない、    こんな調子で師走になってしました。        来年は己で道を開いていくか、まあー このような話に少しでも期待した己が甘かった。               人に期待する・・・ やっぱりビジネスは己で開くことが一番大切・・・誰かに期待する、何かに期待する、結果オーライだったら良いが、もし駄目だったら その誰かを恨む事になる、なんと罪作りなことか、  人を恨むということは未熟者であったという事と思えば、 今年は勉強させられたということ、 人に教えて貰ったということ、もしかしたら感謝すべき一年だったのか、人に教えて貰ってばっかりで何時になったら賢くなれるのだろう、あーあー この未熟者、まだまだ勉強が足りない、己の力量が判っただけでも感謝すべきことだ、              反省こそありき、

サーアー パーフェクトの仕事を目指して 勉強するかー  やっぱり 俺にはこれしかない。                            

紅葉.jpg

MRI装置搬出入見積の依頼を受ける、

まず最初しなければならないことは。

① 施設名

② MRIの周辺状況

③ 何処の会社で何を搬出するか

④ どの機種を据付するのか

さあー これからが大変だ・・・・           MRIを何処から出して入れるのか,      二階であれば 仮設架台が必要となる     一階であってもGL ?? 地面よりの高さによって資材等が大いに違っている、       勿論 クレーンが違ってくる、25ラフターか45ラフタークレーンなのか、 それよりも搬出機器の重量が気になる。       あとは作業員が何人必要なのか・・・・

様々な条件を考慮して搬出作業時間を決めるが、油断すると驚くような金額が出ている、出来る限りのコストダウンを考えるが上手くできない事が殆んどだ、    

今は 搬出標準価格に何処から搬出するのかの条件により加算値を加えるだけである程度の費用算出は出来るようになったが、まだまだ検討の余地がある、   エイ・ヤーと費用を出せれば問題はないのだが、つい利益はどれ位 確保できるのか気になる。

MRI装置標準作業価格    ¥xxxxxxxxx-               

CT装置標準作業価格     ¥yyyyyyyyyy-

透視台標準作業価格      ¥aaaaaaaa-

後は難易度数値を加えれば  これでどうですか この価格でと言えるようなシステムを作り上げたい              

MRIレントゲン機器との関わり、

世間の人は余り関わりのない機器であることだと思う、

どのような時にレントゲン機器と関わるかと考えると、

まず最初に思いくつのは、

そうです  定期健診の時ですね、   

いいですか 胸部レントゲンを撮りますので金属等の付いた衣服を脱がれて     胸をこの部分に当ててください、それから 大きく息を吸ってチョト止めてください   その時に撮りますので いいですか・・・  ひんやりと冷たさを感じる立位ブッキへ胸部を当てる 男でも少し違和感を感じる姿勢である、 女性にとってはそれ以上なものかも知れない。                                                        実を言うとついこの前 定期健診を受けました。                               仕事でよく見ているレントゲン機器ですが いざ自分を見てもらうとすれば 何かしら嫌なものです、  何処となく格式ばった機械に自分が押さえさせられ 冷たさと少しの不安が湧いてきます、       「伊吹さん この部分を見てください、 ここがですね、チョトだけイヤ少しだけ内臓脂肪がありますので運動をしてですね、油分の食事をそんなに気にする必要はないですが、少し押さえてください。」 家内が塩分・油分・白砂糖などを出来うる限り押さえた食事を作っているが、外で食べる昼食はつい唐揚げとか塩分の多い物をとることが多い、それと何事もゆっくり食べることが大切だと思っているが 我を忘れてたべている、 まだこれからの人生もたくさんありますので健康には少し配慮してください  健康体ですね。                                                   先生の処のレントゲン機器を新しい機器に換えませんかと のどまで出かかったけど云えなかった、   

レントゲンフイルムを診ながら 心の中まで診れたのか いい機械ですねと一言・・・・・          

人にやさしいレントゲン機器も大切だが 患者の心を優しく診るレントゲン機器・医療機器があってもいいと思う、 

よー MRI君か  頼むぞ 俺を診てくれ そんなに悪くはないのだろう                     お前に診てもらへば 深刻な病気も ドクターに 大丈夫といってくれ                   チョコと手術すれば OKさ  また来いよでは・・・・                    

未来のレントゲン機器か 人の心をわかるレントゲン機器、                               でも 一番大切なことは どんな優れ物のレントゲン機器より                             人と人との関わりを大切にするドクターが大切であり                             必要なのではないだろうか。

医療業界をサポートするとは 云っているが 人と人を大切にする伊吹運送である事の難しさを思うついこの頃です。 

72年沖縄南部にて.思いを伝えることの難しさを、またも昨日感じた。                      

今の自分があるのはどうしても 思考の分岐点となったあの時を話さなければ今の自分はない、 あれからずっと延長線の自分がいる。

あの時、会社の為に何かを作らなければと最初は思っていた、同僚とか厨房機器メーカー担当者とか 市場を調べてみても 何も思いつかない、現状でいいと思っているから何にも考えないし、このままでいい、ごく当たり前のこと、何かを作ろうとか思うことがオカシイんだよ、周囲の声はこんなものだった。      

大学時の専門書を段ボール箱より探し出し読みあさり、教授のドアをノックする自分がそこにいた、 店舗内の全ての作業分析に取り掛かり、作業全てをを数値化して、一人一人に聴き取り調査をしるが、何にも判らない。

ある工場に行くと、 「ムダ・ムリ・ムラをなくそう」と張り紙がしてあるのを見た、そうだコレを探せばいいんだ、そしてそれを潰せばいいことに気付いた、パートさんが一番嫌っている作業、得意不得意の作業、 それを調べていくと何かがハッキリと見えてきた、そうだ そうだ、この作業を機械化すればいいんだ、市場調査をしてみるとそのような機械は市場になかった、だったら俺が作ればいいだけの事に気付く。                     

今の伊吹運送の仕事も全く同じ事である、理解していただけ人が少しづつ増えてきたが、従来のシステムを崩すことに懸念のある人、すぐ利害に結び付ける人の多いことにまた今更気付く、 こまったもんだ、共に学び・共に発展することが業界の新しいシステムをつくり、企業の利益、顧客の費用軽減を図れるのに、己の売上高のみの追及しか考えない組織に呆れてしまう。                

未熟者だから思いを伝えることの難しさを また経験する。

挑戦あるのみ ずっと挑戦・・・・・   

今日の写真は 1972年8月 沖縄南部にて撮影                              {東松照明 写真集 太陽の鉛筆をみて沖縄へ行く}                                

島津製MRI.JPG今年もあと一月で終わる。                早いな、 二十歳の時と当たり前だが一時間は一時間、 一日は一日、一月は一月、一年は365日で何にも変わっていないのに、この歳になると一日、一月、一年が早くなっているような気がする。                     仕事の打合せは殆どが見積で始まり、 打合せ会議を幾つか終えて搬出及び搬入に来る、この工程を幾つか掛け持ちすると、半年はすぐ過ぎてします。      

昨日(11月30日)の工程会議でMRI搬出が12月31日に決まった!!!・・    今年の仕事収めは31日・・・でも27日は安来でMRIを搬出かも知れない!!  

昨年暮れも島根浜田へ仕事に向かい、29日に終え いちろ山陰道を走った、   

そう云えば 思いだした、冬の山陰と云えばカニが一番のご馳走である、て゜もテーブルに載ることはなかった、       

今年こそは カニを食べようと思うが、仕事を終えてから帰路が思いやられる、                現場打合せ後に土地の方に山道は 凍りますよ 雪も深いですよ・・・・・・・・・と言われ臆した。                          やるしかない・・・・九州の業者に声が掛かること自体面白いと思う、                   ばっちりと決めてこよう。                                            仕事を終えた・・・・爽快感を大晦日に味わえるということは仕事冥利に尽きるかもしれない,       

全員で初詣でもするか。  

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